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東京地方裁判所八王子支部 昭和45年(わ)769号 判決

被告人 山野京一

昭一〇・三・六生 無職

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右本刑に算入する。

領置に係る果物ナイフ一丁(昭和四五年押第一八〇号の一)はこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年九月一五日午後一一時三〇分頃、実兄山野林次(当四四年)の自宅である東京都府中市四谷三丁目九番七号の二階建木造家屋の階下の板間で、右実兄林次と実弟山野仙一(当二九年)と共に、飲酒雑談中、この三人に母親を加えて旅行に行く計画を話し合つているうちに、母親の費用を実兄の林次が持つかどうかについて口論をするうち、実弟の仙一が実兄の林次から低能児呼ばはりされたのに憤慨して、いきなり互の間に置いてあつたチヤブ台を引つくりかえし、手拳で実兄の林次の顔を殴付けたのがきつかけとなり、被告人も実兄の林次の顔面を殴付け、ここにおいて被告人は実弟の仙一と共謀の上、実兄の林次と格闘を続け、果物ナイフ(昭和四五年押第一八〇号の一)で同人の背中を突き刺した上、右板間より約五〇センチメートル位低い土間に同人を突き倒して、打撲による同人の大脳、小脳に広汎なクモ膜下出血の傷害を加え、更に同所において、右果物ナイフ及び一升瓶の口を割つたきつ先(同号の二)で同人の右頸部を突き刺して頸動脈切断による失血の傷害を与え、これ等の傷害に因り同人をして間もなくその場で死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

判示被告人の所為は、刑法第二〇五条第一項、第六〇条に該当するので、情状を勘案して被告人を懲役五年に処し、主文掲記の果物ナイフ一丁(昭和四五年押第一八〇号の一)は判示犯行に用いられたもので被告人以外の者に属しないことが明らかであるから、刑法第一九条第一項第二号、第二項を適用してこれを被告人より没収し、未決勾留日数中三〇〇日は刑法第二一条によりこれを右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全額被告人の負担とする。

(弁護人及び検察官の各主張に対する判断)

先づ弁護人は被告人山野京一がその実兄林次に右頸動脈切断による出血を加えて死に至らしめた所為は、当時その場において被告人の実弟山野仙一が被害者林次より強烈な暴行を受けており、同人はかねてから空手を自慢として屡々乱暴の挙に出る習癖を持つていたところから、このまま放任しては実弟仙一の生命にも係る一大事となるものと驚いて、右実弟を助けんがため果物ナイフをついに利用するに至つたものであるから、刑法上被告人の所為は過剰防衛に該当する旨主張する。而して尚実弟仙一とは共犯ではないと附言している。しかし乍ら(証拠略)を綜合検討すれば、本件加害者及び被害者の格闘の発端は、実弟山野仙一がいきなりチヤブ台を引つくりかえした上被害者の顔面を殴打し、次いで被告人も手拳をもつて被害者の顔面を殴打した先制的攻撃に発していることは明らかであり、その間被告人において急迫不正の傷害を防禦せんとして止むを得ざるに出でたる所為と目すべき行為は全く存在せず、その後の格闘の模様においても、既に掲記した他の証拠の綜合判断により、当初の状況と全く変るところはなく、結局本件は兄弟げんかの末、実弟二名が協力して実兄を傷害して死亡せしめた悲惨事にまで至つたものと解されるのである。従つて当然過剰防衛の問題はなくなる。次に検察官は本件起訴状の記載事実のとおり、本件犯行は被告人一名のみの所為に帰し、実弟山野仙一は共犯者ではない旨を主張している。しかし既に掲記した各証拠の全体を精査しこれを綜合判断した結果、当裁判所は判示のとおり実弟山野仙一を共犯者と認定したのである。その理由の主なるものを挙げれば、先づ現行犯人逮捕手続書及び証人斉藤基次の供述記載によれば、被害者方前路上において急報によりかけつけた司法巡査斉藤基次に対し被告人が「弟の山野仙一と共に兄の山野林次を折たたみ式の果物ナイフで刺した」と申立てたので、現場に戻つてきた山野仙一にその旨を問いただしたところ『俺がやつたなんだこの野郎』とどなつていたので、現に罪を行ない終つた殺人現行犯人と認めて右両名をその場で逮捕した事実が明らかである。次に本件凶器であるが司法巡査斉藤基次外三名作成名義の凶器発見状況報告書によれば、如何にも警察官が現場に臨んで直ちに凶器と目される果物ナイフを発見した如くに読みとられるのであるが、右斉藤巡査の証言、山根義正警察官、野村喜吉警察官三名の証言によれば相当発見に苦しみ、かなりの時間経過後において漸く発見され而も検証調書に添付されている右果物ナイフの現場における在り方を写したと称する写真は、該ナイフの上に鍋蓋がナイフを隠すようにしてのつて居り、いかにも発見に困難があつたかのように見えるが、右野村警察官の証言では、右ナイフを発見した際鍋蓋がころがつて来たようである旨を答えているが、捜査常識上かような鍋蓋ののりかかつたままの状態で写真撮影することはとうてい考えられないところなので、本件果物ナイフが本件凶器であることは他の掲記証拠によつて首肯は出来るが、犯行後如何なる状態に在つたのかは本件全証拠をもつてするも明らかにはできない。ところが本件凶器の一つとして判示に挙げた一升びんの割れた口は、前記凶器発見報告書、証人斉藤基次の証言並に医師証人真崎祐介の証言に照して警察官が現場に臨んで直ちに発見した凶器であることは明らかである。しかるにこれについて警察も検察もこれを作つて現場に持つて来たものは実弟山野仙一である旨の証拠だけを固め、折角これを鑑定に廻したが、被害者の血液型と同型のそれが付着している旨の鑑定だけに止まり、その血痕の付着はどの部分にあつたかを鑑定せしめず、漸く当裁判所の職権による証人菊池哲の鑑定証言によつて、右瓶の割れた口の内部にも被害者の血液型と同型のそれが付着していたことが分明した。警察及び検察における捜査経過を見るに、本件事件の総指揮をとつた証人山根義正警察官の証言によれば、右瓶の外部には血痕があつたが内部には血痕が見当らなかつたので、本件凶器ではないと判断したことが伺える。そのためか、山野仙一の昭和四五年九月二二日付の司法警察員に対する供述調書では、同人が右瓶の割れ口を犯行に使用すべく作つては来たが使用はしなかつた旨を述べ、その理由として、それを見れば分ると申立て、これを示したことになつているが、それだけでは何の理由なのか少しも分らない。かような意味の通らない調書ができていて、山野仙一は共犯者から外されているのである。そこで当裁判所は、本件死因等を解剖の上鑑定した医師青木利彦の鑑定書(第一回)を基礎にして受命裁判官によりこれを尋問した結果、既に掲記した証拠のとおりその口答による答並にこれを補足した第二回の鑑定書により被害者の右頸部の切創に用いられた凶器は本件果物ナイフよりも一升瓶の割れ口の方により可能性がある旨の鑑定となつたのである。(その後検察官の申請を容れて青木鑑定人を法廷で証人として調べたところ、第一回の鑑定の趣旨に逆もどりとなつたが、これは同証人の前言を翻すに至つた経過及び法廷の態度に徴し到底措信はできない)。而も前掲同証人の受命裁判官に対する答えの中には、右頸部切創に用いられた凶器が本件果物ナイフ及び一升瓶の割れ口の双方であることも考えられ得るとの一項がある。更に又被害者の左首から胸へかけて乳より上の部分にある線状の創傷は刃物ではないと述べ、第二回鑑定書では成因不明としている。そして山野仙一の当公廷における供述によれば、警察と違う点は自宅に飛んで帰つて瓶の割れ口を作つて来たのが実兄に対する殺意を起してのことでないとするだけで、大体捜査段階で供述したと同様の趣旨を供述したが、酔つていたため折角一升瓶をこわして作つたその割れ口を持つて帰りながら、死んだように倒れている実兄を抱き上げたことだけ記憶し、その凶器を何処にどうしたのか、又その後警察官に逮捕されるまでの自己の行動はどうであつたか全く記憶がないという。果していくら酔つていたとしても折角作つて来た凶器をどうしたか記憶がないということは極めて不可解といわざるを得ない。しかるに、同人が犯行当時上半身は裸であるが(同人の昭和四五年九月二二日付司法警察員に対する供述調書)、ズボンははいており、そのズボンには、被害者の血液型と同型のそれが付着していることは既に警察が鑑定さした菊池哲作成の鑑定書で明らかであり、更に当裁判所が職権で鑑定させた医師斉藤銀次郎作成の鑑定書によれば、そのズボンの前面にも後面にも飛沫血痕があることが明かである。而して尚、同鑑定書によれば被告人の犯行当時着ていた上衣の前面後面にも右と同じ飛沫血痕が付着されている。この両者の飛沫血痕付着状況と同本件犯行現場特に血に汚れた土間等を写した検証調書の写真と併せ考えるならば、本件被害者に対する加害者は決して被告人一名でなく、山野仙一もこれに加担しており、たとえ被告人の供述のとおり被害者の右頸部に傷害を与えるにつき、直接手を下したものが被告人であつたとしても、被害者の右頸部切創のできる頃にも少くとも被害者の直ぐそばに暴行的行動をもつて居たものとしか考えられない。更に尚、起訴状には記載されていないが本件死因の一つとして、大脳、小脳のくも膜下出血を判示認定している。しかしこれは医師青木利彦の第一回鑑定書及び受命裁判官に対する同医師の証言に徴して、被害者は右頸部切創の失血のみによつて死亡したのではなく、この脳くも膜下出血が本件死因に加重原因を与えていることが明らかであり、而してこの傷害の成因は、以上の鑑定書及び証言並に既に掲記した被告人の捜査段階における各供述調書及び当公廷における供述並に山野仙一の同様調書及び当公廷における供述を綜合すれば、被害者たる実兄一名に対し、加害者たる実弟二名が協力して暴行の挙に出た結果、被告人の供述によれば直接手を下したものは被告人であるとするも、その際そのそばに山野仙一の居つたことは明らかで、即ち被害者を土間に落下転倒せしめた際の頭部打撲に因るものであり、而もその際に山野仙一はその場に暴行的行動をもつて居つたことも亦明白なのである。然らば山野仙一はいづれの点からしても本件犯行の共犯者であると解するのが妥当であり、他にこれを否定するに足る証拠はない。

(従つて、本件は結局弁護人並に検察官の叙上の主張はいずれも理由がなく、これらは採用しない。)

よつて主文のとおり判決する。

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